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東京高等裁判所 昭和34年(う)942号 判決

被告人 株式会社細山太七商店

右代表者 細山武夫 外一名

主文

原判決を破棄する。

本件を東京地方裁判所に差し戻す。

理由

論旨第一点(ろ)について

所論は、原判決は国税査察官作成の修正損益計算書に基ずいて被告会社の所得額並に逋脱税額を認定したものと解されるところ、右修正損益計算書には誤りがある。すなわち、同修正損益計算書は、被告会社は昭和二九年三月期に、青色申告書提出承認を取消されたとして、被告会社が同承認に基く特権により、原判示の各事業年度につき、なした貸倒準備金並に価格変動準備金の各損金算入を否認しているけれども、法人税法第二五条は、青色申告書提出承認の取消しをなしたときは、当該法人にこれを通知する旨定めているところ、右通知が被告会社に対しなされたのは実に昭和三四年五月二七日のことである、されば税務当局は、被告会社に対し、青色申告書提出承認の取消通知をしない間に、同承認に基く特権を剥奪し、前示各準備金の損金算入を否認したものであるから、右は違法である、仮りに右取消しの効力が遡及するの故を以つて、被告会社には右取消しに基く納税義務が生ずるとしても、被告会社は右取消通知のあるまでは取消の事実を知らなかつたものであり、それなればこそ確定申告に前示各準備金を計上したものであるから、右に関しては被告会社に法人税逋脱の犯意はないので、右に該当する金額を、逋脱額から控除されねばならないと主張する。

よつて本件記録を精査し、特に原判決、起訴状、検察官の冒頭陳述、並に昭和三三年二月二五日付国税査察官柳沢昭作成に係る修正財務諸表中の修正損益計算書(以下修正損益計算書と略称する)等に徴すると、原判決は、所論の如く、国税査察官作成の修正損益計算書に則つて、被告会社の各所得額及び法人税額を認定し、その修正所得額に対する法人税額全部につき、逋脱犯の成立を認めたものと推認し得るのである。よつて右修正損益計算書について、その修正の正否を検討するに、法人税法施行規則第一四条及び租税特別措置法第五条の一〇の規定によれば、青色申告書提出の承認を受けた法人は、貸倒準備金並に価格変更準備金勘定を設け、各事業年度毎にこれを損金に算入することが認められており、当審証人鈴木康文の証言によれば被告会社は昭和二六年以降右の承認を受けていることが明らかである。然るに当審証人柳沢昭の証言及び修正損益計算書によると、被告会社は右の承認を取消されたとして、原判示第一の事業年度につき、被告会社が申告した貸倒準備金七四三、九〇四円と価格変動準備金八八二、八五九円の損金算入を、原判示第二の事業年度につき、被告会社の申告した貸倒準備金一七三、三六二円と価格変動準備金一、二四八、五三一円の損金算入をそれぞれ否認していること所論のとおりである。(なお後者については、被告会社が申告した貸倒準備金一、三五三、八八五円と価格変動準備金八八二、八五九円の益金戻入れをも同時に否認している。)よつてその当否を按ずるに、法人税法第二五条第九項は、青色申告書提出の承認を取消すときには、これを当該法人に通知する旨規定しているので、その通知が被取消法人に到達しなければ、取消しはその効力を生じ得ないものと解されるところ、本件記録及び当審における事実取調べの結果に徴すると、被告会社に対する青色申告書提出の承認取消しの通知は原判決言渡後である昭和三四年五月二六日付書面を以つてその頃初めてなされたものであることが窺われるのである。従つて被告会社が原判示の各確定申告をなしたときには、未だこれが取消しはその効力を発生していなかつたものというべく、されば当時においてはなお前示承認の効力は保持せられており右各準備金の損金算入は適法にこれをなし得たものといわねばならない。もつとも、法人税法第二五条第八項は、政府(税務署長)は青色申告書提出の承認を受けた法人につき、当該法人の備え付ける帳簿書類に不実の記載があることその他同項に規定する事実があると認める場合においては、その事実があつたと認める時までさかのぼつてその承認を取消すことができる。この場合においてはその事実があつたと認められる時以後に提出した青色申告書以外の申告書とみなす旨規定しており、当審における事実取調べの結果に徴すれば、所轄税務署長は被告会社に対し、右第八項第三号に該当する事実があつたことを事由として昭和二八年一〇月一日以降の事業年度にさかのぼつて右の承認を取消していることを認め得ると同時に、右第八項第三号に該当する事実とは、被告会社の帳簿に雑収入の記載がもれていたことを指すものと推認し得るのである。そして前説示の如く右取消しの通知が被告会社に送達された後においては、その取消しの効力は原判示の各事業年度以前にまで及び、従つて前示各準備金の損金算入も認められなくなつたわけである。そして法人税法第二五条第八項において右の如く規定しているのは、同項に規定する事実の認められる場合には、その事実の性質、態様等によつてはその事実の認められる時以後の事業年度に提出せられた当該法人の確定申告を適正なものとは認め難い場合の生ずることあるは当然であり、かくては法人税法が青色申告制度を設け、法人税の申告の適正を期せんとする趣旨を貫徹し得ないから、かかる場合にはその事実の認められる時にさかのぼり、青色申告書提出の承認を取消すことができることとし、右の承認により当該法人に与えられた前示各準備金の損金算入その他の法人税軽減等の特典を取消しの時にさかのぼり喪失せしめることを相当とする徴税上の配慮に出でたものと解せられ、このことは右法人税法第二五条第八項の規定の外同条第二項において青色申告書提出の承認をうけようとする法人は、その各事業年度の所得及び清算所得の計算に関して備え付ける帳簿書類について命令の定めるところによらなければならない旨規定し、更に右の規定に基き同法施行細則第一二条ないし第一九条において、右法人の備え付けるべき帳簿の種類、記載事項等につき詳細に規定せられており、これらの規定により当該法人の資産、負債及び資本に及ぼす一切の取引の内容を明確ならしめることにより法人税の適正な申告をなさしめることを期していることが窺われ、他方青色申告書提出の承認をうけた法人に対しては、同法施行規則第一四条、租税特別措置法第五条の一〇その他右施行規則及び措置法等の定めるところにより、前示各準備金勘定への繰入額の損金算入その他の法人税軽減等の特典が附与せられている法意に徴し自ら明らかである。しかしながら右法人税法第二五条第八項の規定は、同項に規定する事実の認められる場合には、右の承認の取消しの有無にかかわりなく、その時から直ちに当該法人に附与せられた法人税軽減等の特典を喪失せしめる趣旨を包含するものとは到底解し難く、右特典の喪失は承認の取消しによつて初めてその効果を生ずることは前示法人税法等第二五条第八項及び同法施行規則第一四条の四の各規定に徴しこれ亦自ら明らかである。法人税法第四八条の逋脱犯は、詐偽その他の不正行為により、申告をなすべき法人税を免れた場合に限り成立するものであるところ、右のとおり被告会社が確定申告をした当時には、未だ青色申告書提出の承認取消しの効果は発生しておらず、従つて被告会社は貸倒準備金並に価格変動、準備金勘定を設け、これを損金に算入する法令上の権利を有していたのであるから、法律上特別の規定がない限りこの権利に基ずいてなされた前示準備金の損金算入を以つて不正の行為とはなし得ない。

然らばたまたま後になされた青色申告書提出の承認を取消す旨の行政処分によつて右の損金算入の行為が、その行為のときにさかのぼり不正の行為と看做さるべき理由はないから、右に申告をなすべき法人税というも、もとより申告をなす当時申告の義務を負うていた範囲、限度に限るべく、従つてたまたま鑑定申告をなした後に、青色申告書提出の承認が取消された結果、納付すべき法人税額が増加したとしても、その部分は、確定申告をなした当時においては法人税法第四八条にいわゆる申告すべき法人税に含まれないと解するのが相当である。してみると、修正損益計算書が、前示各準備金の損金算入を否認したのは、青色申告書提出の取消し後における納税義務の範囲の確定に関しては格別、逋脱額の確定に関しては同法第四八条の規定に違反する誤りを犯しているものといわねばならない。しかるに原判決は右修正損益計算書に基き、これに則つて逋脱額を認定していること前示のとおりであるから、原判決は畢竟法人税法第四八条の解釈を誤り延いて事実を誤認した違法があるというべくしかして右誤りは直ちに原判示の所得額、法人税額及び逋脱額を左右するものであるから、右は原判決に影響を及ぼすこと明らかといわねばならない。従つて論旨は理由があり、原判決はこの点において全部破棄を免れない。

(その余の判決理由は省略する。)

(裁判官 山本謹吾 目黒太郎 村上幸太郎)

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